死にがいを求めて生きているの 浅井リョウ著
まず、最初に医療系の本ではありません。現代を生きる若者が「生きがい」を持って生きることが実はとっても難しくなっているのではないか、と気づかされた内容でした。
堀北裕介と南水智也(みなみともや)の2人の大学院生ころまでの人生を追いながらストーリーは展開します。
性格がまったく違う2人、番長のような性格の裕介と教室の隅にいるよう智也がなぜ傍にいて生涯仲がいいのか、2人の周りからはかなり不思議がられます。
なぜ性格が正反対の2人がいつも一緒にいるのか、考えながら読んでも面白いです。
そして、この2人の生きかたを読みながら、自分自身の生きかたってどうなんだろう?と手を考えてしまうほどでした。
あなたの生きがいはなんですか? 本は語りかけてきます。
私はこの本を読んで、ゆとり、ゆとりと揶揄される「ゆとり世代」の若者とは何者か、ゆとりとの本質とは何か、分かった気がしました。
では、この本の金言たちから(ネタバレしないよう)、ちょっと考えてみましょう~。
――そこならいけるって、そう判断しただけって感じ。 ――相変わらず、手段と目的が逆転している。
この本の根源をなす言葉かもしれません。
クラスで一番本を読んでいる男の子は、本が実は好きではなく、むしろ嫌いで周りから注目されたいから、「読書が好きな人」と思われたいから読んでいる。
とすると、手段と目的が逆転していますよね。でもこのようなこと、私達の周りにはたくさんあるのではないでしょうか。
これも昭和⇒平成という時代のながれの影響なのではないでしょうか?
その象徴と言えるのがインターネットとSNSの普及です。若者のほとんどがSNSで発信をしています。誰もが、簡単に自分の思いを発信することができる時代で、このホームページも例外ではありません。すると、こんなことが頻発していませんか?別に興味がないのに「いいね」がほしいために、だれも行かないような所に行く。まだ、これは行くというきっかけのためにいいのかも知りません。でも、別に食べたくもないのに、いいねがほしいので、料理を注文し、写真に撮って配信し、食べずに捨ててしまう。
このような手段と目的が逆転してしまっている問題って日常にありますよね。発信していないと個を保てないという強迫観念から、興味がないことまで無理矢理考え出してやるのは正しい道とは思えません。
あなたが情熱を燃やしている○○はなぜやっているのか?しっかり言葉にできる人は意外と少ないのではないかと思いました。
これぞ、時代の変遷です。
なぜ、生きがいを持てなくなったか?
昭和世代と平成世代での教育の大きな違いは、個性を尊重し、競争をなくそうという教育です。その結果どうなるのか、生きがいを持つのが難しい時代になったのです。
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